「鯛よし百番」は大阪・飛田新地の外れにある老舗料亭です。
大正、昭和初期の遊廓建築を今日に伝える貴重な近代和風建築として高く評価されており、国の登録有形文化財に指定されています。
戦後、売春が禁止される時代を見越して、当時のオーナーは自身が収集した美術品を展示する観光施設や料理屋に業態を転換しようとしました。
その際に、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などが活躍した安土桃山時代の桃山文化を軸に、様々な時代の文化様式を百番の内装として再現したのです。
百番に残る絢爛な建築意匠について、VRを通してゆっくりお楽しみください。
飛田新地は。売春防止法が完全施行される1958年までは飛田遊廓と呼ばれる遊廓でした。
1912年に難波新地にあった遊郭が全焼する大火があり、1918(大正5)年に今の場所に移転、第2次大戦前の最盛期には200軒を越える妓楼が存在したといわれています。
飛田遊廓が開業した大正時代は、江戸時代の洗練された文化と明治維新以降、流れ込んできた西洋文化が生活のさまざまな分野で融合し始めた時期。その文化的な影響は飛田遊廓にも見て取れます。
大通りの入口に大門を置き、遊廓全体を塀で囲みました。その街並みは整然とつくられており、吉原などの遊所を意識してつくられたのは間違いありません。
一方、個々の遊廓を見ると、豪壮な木造の遊廓建築でありながらも、ビリヤード場やダンスホールを置いたり、煉瓦やステンドグラスを多用したカフェー建築を彷彿とさせる部屋があったりと、「和洋折衷」と言われた当時の文化の香りが感じられます。
写真:加藤政洋氏提供
桃山美術館とも称される、独特の内装をご覧ください。
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